ケインズ経済学が20世紀半ばの経済政策を強く方向づけた一方で、1960年代から70年代にかけて、それとは異なる考え方が大きな影響力を持つようになりました。それがマネタリズム(貨幣主義)です。

マネタリストの中心的な主張は、非常に単純化すれば、「経済を考えるうえで貨幣の量を軽視してはいけない」というものです。とりわけ代表的な経済学者であるミルトン・フリードマンは、貨幣数量と物価、景気、雇用の関係を実証的に分析し、ケインズ経済学に対する重要な批判を展開しました。

面白いのは、マネタリズムが単純に「ケインズとは反対の理論」というわけではないことです。短期的には貨幣の変化が生産や雇用に影響を与えることを認めながらも、長期的には貨幣の増加は主として物価に反映され、経済の実体的な成長や雇用を恒久的に押し上げるものではないと考えます。この違いが、金融政策をどう運営するべきかという大きな論争につながりました。

ケインジアンに対するマネタリストの登場

第二次世界大戦後、ケインジアンは理論面でも政策面でも大きな影響力を持っていました。ケインズは、経済が自動的に完全雇用へ向かうとは考えず、需要不足によって失業が存在する状態でも経済が均衡してしまう可能性を重視しました。

そのため、景気が悪化したときには政府支出を増やしたり、金融を緩和したりすることで有効需要を拡大し、生産と雇用を増やすことが必要だと考えます。

ところが、1960年代後半から1970年代に入ると、この考え方だけでは説明しにくい現象が目立つようになりました。とりわけ重要だったのがインフレーションと失業が同時に発生するスタグフレーションです。

ケインズ経済学の政策運営では、失業を減らすために需要を拡大すると、ある程度の物価上昇を受け入れなければならないという考え方がありました。背景にはフィリップス曲線があります。

フィリップス曲線は、失業率が低いほど賃金上昇率が高くなるという関係を示したものです。政策的には、「多少インフレになっても失業を減らす」という選択が可能であるように見えました。

しかし、1970年代には、失業率が高いにもかかわらず物価も上昇するというスタグフレーションが発生しました。これによって、失業とインフレの間に安定したトレードオフが存在するという見方に疑問が生じ、ケインジアンに対する批判が強まっていきます。

この状況を背景として台頭したのがマネタリストでした。


フリードマンと「貨幣数量」の重要性

マネタリストを代表する人物が、シカゴ大学の経済学者ミルトン・フリードマンです。

フリードマンは、貨幣と経済活動の関係を長期間にわたる統計資料から分析しました。その研究の重要な特徴は、単に理論を組み立てるだけではなく、実際の貨幣数量や物価の動きを調べ、その間にどのような関係があるのかを検証したことにあります。

その背景にあるのが、古くから存在する貨幣数量説です。

基本的な考え方は、

貨幣の量が増えれば、それに応じて経済の名目価値が増える

というものです。

これを極めて単純化すれば、

貨幣量 × 貨幣の流通速度 = 物価 × 取引量

という関係になります。

もちろん現実の経済はこれほど単純ではありません。人々がお金をどの程度保有するのか、企業がどれだけ投資するのか、銀行がどれだけ信用を供給するのか、物価や賃金がどのように決まるのかによって結果は変わります。

それでもマネタリストは、経済政策を考える際に「貨幣がどれだけ供給されているのか」を中心的な変数として見る必要があると考えました。


長期的には「貨幣は中立的」になる

マネタリストとケインジアンの大きな違いの一つが、短期と長期を区別することです。

マネタリストも、貨幣数量の変化が短期的に経済へ影響することを否定していません。

たとえば、突然金融緩和が行われて貨幣供給が増えれば、金利が低下したり、支出が増えたり、企業の投資が刺激されたりすることがあります。その結果、生産や雇用が増える可能性があります。

しかし、その効果が永続するとは考えません。

貨幣供給量が増えた状態が続けば、人々は次第にその変化を織り込むようになります。物価や賃金も上昇し、最終的には貨幣数量の増加が実質的な生産能力を恒久的に押し上げるのではなく、物価水準を引き上げる方向に作用すると考えます。

これが、いわゆる貨幣の中立性という考え方です。

例えば、経済の実力が変わっていないのに世の中のお金だけが2倍になったとします。お金が2倍になったからといって、日本の工場が2倍の商品を生産できるわけではありません。労働者の数や工場設備、技術、生産性などが変わらなければ、長期的には商品の価格が上昇する方向に働きます。

つまり、

お金を増やすことと、経済の生産能力を高めることは同じではない

ということです。

この区別は、金融政策を理解するうえで非常に重要です。


景気変動を「貨幣の増加率」から考える

マネタリストは、景気変動についても貨幣の動きを重視します。

経済が自然失業率に近い状態にあるとき、貨幣供給量の増加率が高まれば、短期的には支出が増え、生産や雇用が拡大する可能性があります。

ところが、貨幣供給量の増加が続くと、人々は物価上昇を予想するようになります。企業は価格や賃金を引き上げ、労働者も将来の物価上昇を考慮して賃金上昇を求めるようになります。

その結果、最初に生じた生産・雇用への刺激は次第に消えていき、物価上昇だけが残ることになります。

逆に貨幣供給量の増加率が突然低下すれば、企業や家計の支出が減少し、景気後退につながる可能性があります。

ここで重要なのは、貨幣の「水準」だけではなく、その増加率の変化が景気に影響するという視点です。

この考え方からすると、中央銀行が景気に応じて貨幣供給を細かく増減させること自体が、かえって経済を不安定にする可能性があります。

政策効果には時間差があるからです。

中央銀行が今日金融を緩和しても、その効果が明日すぐに企業の投資や家計消費として現れるとは限りません。効果が現れるころには経済環境が変わっていて、結果として景気を過熱させたり、逆に景気を冷やしすぎたりする可能性があります。


「期待」が経済を変える

マネタリストの考え方を理解するうえで非常に重要なのが、期待です。

人々は、現在だけを見て行動しているわけではありません。

「来年は物価が上がるだろう」と予想すれば、労働者は賃金引き上げを求め、企業は販売価格を引き上げようとします。消費者も「これから値上がりするなら今買っておこう」と考えるかもしれません。

つまり、将来に対する予想そのものが現在の経済行動を変えてしまいます。

例えば中央銀行が突然貨幣供給を増やしたとします。人々がその政策を予想していなければ、当初は価格や賃金がすぐには上昇せず、生産や雇用が増える可能性があります。

ところが、同じ政策が繰り返されると、「また金融緩和をするだろう」「物価は上がるだろう」という予想が形成されます。

すると企業も労働者もその予想を価格や賃金に織り込むようになります。

その結果、以前と同じように貨幣を増やしても、実質的な生産や雇用を増やす効果は小さくなり、物価上昇の効果が大きくなります。

ここから、後に発展する合理的期待形成という考え方にもつながっていきます。


フィリップス曲線をどう捉え直したのか

マネタリストによるケインズ経済学への重要な批判が、フィリップス曲線に向けられました。

短期的には、金融緩和や財政支出によって需要を増やせば、企業の生産が増え、雇用が増えることがあります。そのため、失業率とインフレ率の間に一定の関係が存在するように見えることがあります。

しかし、人々がインフレを予想するようになると、その関係は変化します。

例えば、中央銀行が貨幣供給を増やして2%程度のインフレを発生させたとします。最初は人々がインフレを予想していなかったため、実質賃金や企業収益などを通じて生産・雇用が刺激されるかもしれません。

しかし、やがて人々が「今後も2%程度の物価上昇が続く」と考えるようになれば、賃金や価格も2%程度上昇するようになります。

すると、最初に得られた生産・雇用への効果は消えていきます。

このため、マネタリストは、フィリップス曲線は予想インフレ率が安定している短期では意味を持っても、長期的には恒久的な政策選択肢にはならないと考えました。

この考え方から、長期的には失業率を政策によって自由に引き下げ続けることはできないという「自然失業率」の考え方が導かれます。


政府支出を増やせば景気は良くなるのか

マネタリストとケインジアンの違いは、政府支出に対する考え方にも現れます。

ケインジアンは、不完全雇用の状態では民間需要が不足している可能性があるため、政府が支出を増やすことによって有効需要を拡大できると考えました。

一方、マネタリストは、政府支出による需要拡大効果をより限定的に捉えました。

政府が支出を増やすためには、国債を発行するなどして資金を調達する必要があります。その結果、民間の資金需要と競合して金利が上昇し、民間投資を押し出してしまう可能性があります。これがクラウディングアウトです。

したがって、政府支出の拡大による需要刺激効果は、長期的には限定されると考えます。

ここでも、「短期的な効果」と「長期的な効果」を分けることが重要になります。


マネタリストが重視した「ルール」

マネタリストの政策論で特に興味深いのが、中央銀行による裁量的な政策運営への警戒です。

中央銀行が景気を見ながら、

「景気が悪いからお金を増やそう」

「景気が良くなったからお金を減らそう」

と、その都度判断する方法には問題があると考えます。

政策効果には時間差があり、政策担当者が景気の転換点を正確に把握することも難しいからです。

そこでフリードマンは、貨幣供給量を一定のルールに従って増加させる考え方を示しました。代表的なのが、いわゆるk%ルールです。

これは、貨幣供給量を毎年一定の割合で増加させるという考え方です。経済の実質成長率より若干高い程度の安定した貨幣供給増加を目指すという発想でした。

その背景には、

経済を政策担当者が細かく操作するより、市場の価格機構に任せたほうがよい

という思想があります。

これはマネタリズムの重要な特徴です。


金融政策は「金利」だけを見ればよいのか

マネタリストの考え方を現在の金融政策と結びつけると、非常に興味深い問題が見えてきます。

現代の中央銀行は一般に政策金利を重要な操作対象とします。しかし、マネタリストが重視したのは、金利そのものよりも貨幣量とその変化でした。

例えば、中央銀行が金融緩和を行って市場金利を低下させても、企業が将来の需要に悲観的なら投資を増やさないかもしれません。家計も将来に不安を感じていれば消費を増やさず、貯蓄を増やす可能性があります。

逆に、金融政策によって貨幣供給が大きく増加し、それが人々のインフレ予想を変えれば、金利を低く維持していても物価上昇圧力が強まる可能性があります。

したがって、金融政策を理解するには、

金利 → 投資 → 生産

という一本の経路だけを見るのではなく、

貨幣供給 → 支出 → 物価 → 期待 → 賃金・価格

というもう一つの経路を見る必要があります。

この視点を強調したことが、マネタリストの大きな功績でした。


マネタリズムから合理的期待形成へ

マネタリストの「期待」を重視する考え方は、さらに合理的期待学派へと発展していきました。

合理的期待学派は、人々が単純に過去の経験だけから将来を予想するのではなく、利用可能な情報を使って将来を合理的に予想すると考えます。

もし政府や中央銀行が「景気を刺激するためにインフレを起こそう」と考えていても、人々がその政策を予想してしまえば、政策効果は変わります。

企業は価格を上げ、労働者は賃金上昇を要求し、金融市場も将来のインフレを織り込むからです。

すると、政策担当者が予想を裏切るような政策を取らない限り、実質的な生産や雇用を増やすことが難しくなります。

これは現在の金融政策を考えるうえでも重要な考え方です。

中央銀行の発言が金融市場を動かすのは、中央銀行が実際にお金を動かしたからだけではありません。「これから何をするのか」という予想が、人々の行動を変えるからです。


マネタリズムは金融政策をどう変えたのか

インフレーションが重要な問題となるにつれて、マネタリストの影響力は大きくなりました。1970年代半ば以降、アメリカだけでなく、ドイツ、イギリス、フランスなどでも、金融政策の運営に貨幣数量を重視する考え方が取り入れられるようになりました。日本銀行もマネーサプライを政策上の重要な要因として扱うようになりました。

もっとも、貨幣供給量を一定の率で増加させれば必ず経済が安定するわけではありません。

貨幣の流通速度が安定しているとは限らず、中央銀行が貨幣供給量を完全に自由にコントロールできるわけでもないからです。

つまり、マネタリズムそのものが「唯一正しい金融政策」を提示したというより、金融政策において貨幣と物価の関係を無視してはいけないことを強く意識させた理論と見ることができます。

ケインジアンとマネタリストの違い

論点ケインジアンマネタリスト
経済の出発点不完全雇用が存在しうる長期的には自然失業率へ調整
景気変動有効需要・投資を重視貨幣数量の変化を重視
貨幣金利・投資を通じて重要経済と物価を左右する中心的要因
長期的な貨幣効果実体経済への影響を重視主に物価へ反映
政府支出景気刺激に有効効果は限定的でクラウディングアウトも考慮
金融政策状況に応じた政策運営安定したルールを重視
インフレ雇用とのトレードオフを考慮貨幣数量との関係を重視
期待重要だが当初は限定的経済行動を左右する重要要因

この対立は、「政府は経済を積極的に動かすべきなのか、それとも市場の調整機能を信頼すべきなのか」という、より大きな経済政策論にもつながっています。

「お金を増やす」と「豊かになる」は同じではない

マネタリストの議論を最も身近な言葉に置き換えるなら、「お金を増やすこと」と「実際に豊かになることを区別せよ」ということになるでしょう。

例えば、社会全体のお金が増えても、工場の生産能力、労働者の技能、技術、資源、物流インフラなどが変わらなければ、実質的な供給能力はそのままです。

その状態で需要だけが増えれば、商品価格が上昇する可能性があります。

反対に、技術革新によって生産性が上昇し、同じ人数の労働者でより多くの商品やサービスを生産できるようになれば、経済の実力そのものが高まります。

この違いは、

名目経済の拡大

と

実体経済の成長

を区別するということでもあります。

金融政策は経済活動を支える重要な手段ですが、金融政策だけで技術革新、生産性向上、労働力の質的向上、企業の競争力まで直接つくり出せるわけではありません。


マネタリズムが残した大きな問い

ケインズ革命によって「需要」が経済学の中心に置かれたのに対し、マネタリズムは再び「貨幣」そのものを経済分析の中心へ引き戻しました。

そして両者の論争から、金融経済を見るための重要な視点が生まれます。

景気が悪いときに金融を緩和すれば何が起こるのか。貨幣が増えたとき、それは生産や雇用を増やすのか、それとも物価を押し上げるのか。政府支出は民間経済を刺激するのか、それとも民間投資を押し出すのか。人々は政策をどのように予想し、その予想が実際の経済行動をどう変えるのか。

こうした問題を考えると、金融政策は単純に「金利を上げる」「金利を下げる」という話ではないことが分かります。

貨幣、金利、物価、雇用、投資、政府支出、そして人々の期待が相互に作用する巨大なシステムとして経済を見る必要があります。

マネタリストの登場は、そのシステムのなかで「貨幣」を再び中心的な位置に戻した出来事でした。そして現在の金融政策を理解する際にも、貨幣量、インフレ期待、自然失業率、政策ルール、中央銀行の信認といった考え方が重要な意味を持っています。