1990年代以降の国際金融を理解するとき、非常に重要なテーマになるのが「通貨危機」です。

かつて通貨危機というと、ある国の外貨不足や為替相場の切り下げといった、比較的その国の国内問題として捉えられることが多くありました。しかし国際金融市場が発達し、資金が国境を越えて瞬時に移動するようになると事情が変わります。

ある国で「この国の通貨は危ない」と考えられれば、外国の投資家が一斉に資金を引き揚げる。通貨が売られる。株価や不動産価格が下落する。銀行や企業の経営が悪化する。そして、その国と経済的につながっている別の国にも不安が伝染する。

1994~95年のメキシコ通貨危機、1997年のタイ・バーツ危機を起点とするアジア通貨危機、1998年のロシア金融危機などは、まさにこうした現代の国際金融の特徴を示す出来事でした。

ここで重要なのは、通貨危機を単なる「為替レートの暴落」と考えないことです。通貨危機の背後には、海外からの資金、国内の銀行、不動産・株式市場、企業の外貨債務、政府の財政、そして国際金融市場が一つのネットワークとして結びついている構造があります。


「新興市場国」という新しい主役

1990年代になると、世界の金融市場で「新興市場国」という存在が注目されるようになりました。

新興市場国とは、当時急速な経済成長を遂げていた国々を指す言葉で、資料ではタイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国のほか、メキシコ、チリ、アルゼンチンなどの中南米諸国が挙げられています。

こうした国々には共通する特徴がありました。

国内だけでは十分な資金を調達できないため、海外から大量の資金を呼び込む。そして、その資金を使って工場を建設したり、インフラを整備したり、不動産開発を進めたりする。

海外資本が入ってくれば、経済成長を加速させることができます。

ところが、ここには大きな落とし穴があります。

海外資本は、入ってくるときには成長の原動力になりますが、逃げ出すときには危機の原動力にもなるのです。

100億ドルの資金が海外から流入して経済が成長している国で、投資家が「この国は危ない」と判断したとします。

100億ドルが一度に出ていく必要はありません。たとえその一部が急速に流出するだけでも、国内の外貨市場には大きな圧力がかかります。

通貨が売られ、外貨が買われる。

すると通貨が下落する。

通貨が下落すると、外貨建てで借金をしている企業の返済負担が増える。

企業経営が悪化すれば銀行の不良債権が増える。

銀行が融資を抑えれば企業活動がさらに弱くなる。

こうして、為替市場の問題が金融システムの問題へ変わっていくのです。


メキシコ通貨危機――資本逃避が通貨を襲う

1994~95年のメキシコ通貨危機は、この構造を理解するうえで重要な事例です。

メキシコは1982年の累積債務危機を先進国などの協力によって乗り切った後、新興経済国として成長軌道を取り戻しました。その過程で大量の外国資本が流入しました。

しかし、1994年12月になると状況が急変します。

国際収支の赤字、ペソの過大評価、政情不安などが重なり、資本逃避が発生しました。そしてペソが急落し、資料によれば約40%の下落に見舞われました。

ここで注目したいのは、「ペソが下がったから危機になった」という一方向の説明ではないことです。

むしろ、

経常収支の悪化 → 通貨への不安 → 資本逃避 → 通貨下落 → さらに不安が強まる

という循環が発生しました。

通貨下落が起こると、「まだ下がるかもしれない」と考える投資家が増え、さらに資金を国外へ逃がそうとする。

するとさらに通貨が売られる。

これは金融市場における典型的な自己実現的な危機を考える材料になります。

資料によれば、アメリカを中心とする国際的な支援が行われ、IMF融資178億ドルを含め、総額約500億ドルという大規模な支援策が組まれました。その後、メキシコ政府はペソのフロート化や緊縮政策などを採用し、危機は収束へ向かいました。


アジア通貨危機――「アジアの奇跡」の裏側

そして世界をさらに震撼させたのが、1997年のアジア通貨危機でした。

当時の東南アジア諸国は、世界から大きな注目を集めていました。

タイ、マレーシア、インドネシアなどでは高い経済成長が続き、外国から大量の資金が流入していました。

しかし、この急成長の裏側では、いくつかの問題が蓄積していました。

特に重要だったのが、

海外資本への依存、銀行・ノンバンクによる過剰な融資、不動産投資の過熱、そして為替相場の実質的なドル連動

です。

経済が成長している間は、こうした仕組みはむしろ成功しているように見えます。

外国資本が入ってくる。

銀行が融資を増やす。

企業が設備投資を行う。

不動産価格が上昇する。

株価も上昇する。

経済成長率も高くなる。

ところが、この循環が逆回転すると状況は一変します。


タイ・バーツの急落

1997年7月、タイのバーツが急落しました。

資料では約40%の下落とされています。

問題は、タイだけで終わらなかったことです。

タイの通貨不安はインドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポールなどの為替市場に波及し、さらに香港や韓国の為替市場や株式市場にも影響が及びました。

これが「アジア通貨危機」と呼ばれる大きな国際金融危機へ発展していきます。

ここで非常に興味深いのが、市場参加者が国を個別に評価するとは限らないということです。

タイで問題が起こると、投資家は、

「タイだけが問題なのだろうか」

と考えます。

そして、

「インドネシアも同じような問題を抱えているのではないか」

「マレーシアは大丈夫なのか」

「韓国の金融機関はどうなのか」

と、似た構造を持つ国から資金を引き揚げ始める可能性があります。

このため、金融危機には伝染(contagion)という性質があります。

病気が人から人へ広がるように、金融不安も国から国へ広がっていくのです。


なぜ「ドルとの連動」が問題になったのか

アジア通貨危機を理解するうえでは、為替制度も重要です。

当時のアジア諸国の一部では、自国通貨を事実上ドルに連動させる、いわゆるドル・ペッグに近い仕組みが採用されていました。

これは経済が安定しているときにはメリットがあります。

為替相場が大きく変動しないため、輸出入企業は将来の取引価格を予測しやすくなります。

ところが、アメリカと自国の経済状況が違ってくると問題が発生します。

本来なら自国の経済状況に応じて通貨を調整したい。しかしドルとの関係を維持しようとすれば、為替市場への介入などによって相場を支えなければなりません。

その状態で経常収支の悪化や資本流出が起きれば、通貨を維持することが難しくなります。

市場参加者が「この固定的な為替相場は維持できない」と判断すれば、一斉に通貨を売ることになります。

そして最終的に固定相場を維持できなくなり、通貨が急落する。

つまり、固定的な為替相場は安定をもたらす一方で、維持できなくなったときには非常に大きな調整を引き起こす可能性があるのです。


通貨危機は「為替市場だけ」の危機ではない

アジア通貨危機の重要なポイントは、通貨危機が銀行危機や企業危機へ変化したことです。

たとえば、ある企業がドル建てで100億ドルを借りていたとします。

自国通貨が1ドル=100単位なら、返済負担は1兆単位です。

ところが自国通貨が1ドル=200単位まで下落すれば、同じ100億ドルの借金でも返済に必要な自国通貨は2兆単位になります。

借金のドル額は変わっていないのに、自国通貨で見た負担が倍になるわけです。

これが外貨建て債務の怖さです。

さらに、企業が返済できなくなれば銀行にも損失が発生します。

銀行の不良債権が増えれば、銀行は新規融資を抑えます。

融資を受けられなくなった企業は設備投資や生産を縮小します。

失業が増え、景気が悪化し、さらに企業の返済能力が落ちます。

ここまで来ると、最初の問題だった「為替相場」は、すでに経済全体の問題になっています。


国際的な金融支援――IMFが登場する理由

こうした危機では、国内政府だけでは対応できない場合があります。

通貨を支えるためには外貨が必要だからです。

自国通貨をいくら発行しても、ドルや円などの外国通貨を調達することはできません。

そこで重要になるのがIMFなどによる国際的な金融支援です。

アジア通貨危機では、タイ、インドネシア、韓国などに対して大規模な国際金融支援が行われました。

資料では、対タイ約200億ドル、対インドネシア約230億ドル、対韓国約583億ドルの支援額が示されています。日本を含む関係国やIMFによる対応によって危機の連鎖的な拡大を抑える努力が行われました。

ここでIMFの役割が重要になります。

通貨危機に陥った国に単純に「お金を渡す」のではありません。

外貨を供給しながら、経済政策の変更などを求めることがあります。

これは、危機国の資金繰りを支える一方で、その国が再び国際金融市場から信頼を得られるようにすることを狙ったものです。


ロシア金融危機――危機はさらに世界へ

アジア通貨危機の約1年後には、ロシア金融危機が発生しました。

ロシアではルーブルの大幅な切り下げが起こり、国際的な金融不安がさらに広がりました。

資料によれば、ニューヨーク、ロンドン、東京の株式市場が同時に下落するなど、世界的な動揺へ発展しました。さらに、大手ヘッジファンドの巨額損失も加わり、金融市場の不安を増幅させました。

ここで1990年代の国際金融の特徴がはっきりします。

一つの国の通貨危機が、その国の中だけで完結しなくなったのです。

国際金融市場では、銀行、投資家、ヘッジファンド、企業などが複雑につながっています。

ある市場で損失が発生すると、投資家は別の市場で保有している資産を売却して損失を埋めようとすることがあります。

すると、本来問題のなかった市場まで売りが広がる。

この現象を考えると、現代金融市場が「世界規模のネットワーク」であることが理解できます。


ヘッジファンドとデリバティブ――金融技術が危機を増幅することもある

この時期に注目されたのが、ヘッジファンドやデリバティブなどの金融手段でした。

デリバティブは、先物、オプション、スワップなどを利用して価格変動リスクを管理するための金融技術です。

本来は危険を減らすためにも使われます。

ところが、巨額の資金を高いレバレッジを使って運用すれば、小さな価格変動が非常に大きな損益につながります。

そのため、一つの市場で大きな損失が発生すると、資金を返すために別の資産を売却する必要が生じ、別の市場まで価格下落を引き起こすことがあります。

つまり、

金融技術はリスクを消すのではなく、リスクを別の場所へ移したり、場合によっては複雑化させたりする

という側面があります。

これは第3章・第4章で扱われた金融市場や金融派生商品の議論ともつながっています。


1990年代後半の世界金融――危機は一つではなかった

資料では、1990年代後半以降の国際金融について、さらに複数の不安要因が指摘されています。

アメリカでは巨額の経常収支赤字が続き、それを日本や欧州などからの資本流入によって支える構造がありました。

さらに2000年秋以降のITバブル崩壊、日本の不良債権処理の遅れ、2001年秋の同時多発テロなども国際的な資金の流れに影響を与える要因として挙げられています。新興市場国についても、アルゼンチンの対外公的債務返済停止などが発生し、通貨不安が完全に解消されたわけではない状況が示されています。

ここから見えてくるのは、国際金融危機には「一つの原因」があるとは限らないということです。

為替相場、海外資本、銀行、不動産、株式市場、政府債務、国際収支、金融派生商品、投資家心理などが複雑に絡み合っています。


国際金融が便利になるほど、危機も速くなる

国際金融の発展には大きなメリットがあります。

資金が必要な国や企業は、世界中から資金を調達できます。

投資家は世界各国の企業や政府に投資できます。

企業は海外で工場を建設できます。

新興国は国内資金だけでは実現できなかったインフラ投資や産業育成を進めることができます。

しかし、その裏側には「資金が逃げる速度」も速くなるという問題があります。

昔なら、ある国の金融問題が海外へ伝わるまでに時間がかかったかもしれません。

現代の国際金融市場では、コンピューターと通信ネットワークを通じて資金が瞬時に移動します。

その結果、

資金流入のスピードが成長を加速させる一方、資金流出のスピードが危機を加速させる

という二面性が生まれます。

これは金融の国際化を考えるうえで非常に重要なポイントです。


通貨危機を一枚の図にすると

通貨危機の典型的なメカニズムは、次のように整理できます。

段階起こること
① 海外資本の流入新興国に大量の資金が入る
② 融資・投資の拡大不動産・株式・企業投資などが活発になる
③ 資産価格上昇経済成長と資産価格上昇が続く
④ 不安発生経常赤字、金融機関問題、政情不安などが意識される
⑤ 資本流出外国投資家が資金を引き揚げる
⑥ 通貨下落自国通貨が売られる
⑦ 債務負担増加外貨建て債務の返済負担が増える
⑧ 金融機関悪化不良債権が増加する
⑨ 信用収縮銀行が融資を抑える
⑩ 景気悪化企業活動・雇用・投資が縮小する
⑪ さらなる資本流出「この国は危ない」という見方が強まる

こうして見ると、通貨危機とは「為替レートが下がる」という一つの出来事ではなく、為替・金融・企業・実体経済が相互に影響しながら悪循環を形成する現象だと分かります。


「国際金融の自由化」と「金融危機」は表裏一体なのか

1990年代の経験から重要になるのが、金融自由化そのものを単純に善悪で捉えないことです。

国境を越えて資金が自由に移動できれば、資金を必要としている企業や国に世界中から資金を供給できます。

しかし同時に、投資家が「この国は危ない」と判断した場合、その資金も迅速に流出します。

つまり、

資本移動の自由は、資金調達の自由であると同時に、資本流出の自由でもある

のです。

このため、国際金融市場が発達するほど、各国には健全な銀行制度、十分な外貨準備、適切な為替制度、金融機関のリスク管理、透明な情報開示などが求められます。

さらに、一国だけでは対応できない危機に備えて、IMFやG7などによる国際的な協力も重要になります。


1990年代の通貨危機が残した大きな教訓

この時期の国際通貨危機から得られる最大の教訓は、金融市場は国境を越えてつながっているため、一国の金融政策や金融システムだけを見ていては危機を理解できないということです。

メキシコでは資本逃避と通貨下落が結びつきました。

タイでは海外資本への依存、不動産投資、金融機関の問題、為替制度などが複雑に絡みました。

アジア通貨危機は近隣諸国へ波及しました。

ロシア危機では国際金融市場やヘッジファンドの問題まで絡み、世界の株式市場に影響が及びました。

つまり、1990年代の危機はそれぞれ別の出来事でありながら、共通しているのは、

「国際的な資金移動が巨大になったことで、金融危機の発生と伝播の仕組みそのものが変化した」

という点にあります。

そして、この問題は現在の金融を理解するうえでも重要です。

世界の金融市場では、株式、債券、為替、銀行融資、投資ファンド、デリバティブなどが複雑につながっています。一つの国の金利変更や金融機関の破綻が、他国の資産価格や資金調達環境に影響することがあります。

だからこそ国際金融を見るときには、単に「円高か円安か」「ドルが上がったか下がったか」といった為替レートだけを見るのではなく、

どこから資金が入り、どこへ資金が流れ、誰がその資金を借り、どの通貨で債務を負い、金融機関がどの程度のリスクを抱えているのか

を見る必要があります。

通貨危機とは、結局のところ「通貨の問題」であると同時に、信用の問題、資金循環の問題、金融システムの問題、そして国際的な信頼の問題なのです。