経済活動を動かしているのは、単に「お金があるか、ないか」ではない。重要なのは、お金を必要としている人や企業に、余っているお金がどのような経路で移動するのかという問題である。
企業が工場を建設したり、新しい設備を導入したり、新規事業を始めたりするには資金が必要になる。一方、家計には、今すぐ消費する予定のない貯蓄が存在する。企業の中にも、一時的に資金が余っている会社がある。政府も税収だけでは支出を賄えないことがあり、資金を調達する必要が生じる。
こうした資金余剰主体から資金不足主体への資金移転を可能にする仕組みが金融である。そして、その舞台となるのが金融市場である。金融市場を理解するということは、「株式市場や銀行が存在する理由」を理解するだけではなく、経済の中でお金がどのように循環しているのかを理解することでもある。
- 1.金融とは「余ったお金」と「必要なお金」をつなぐ仕組み
- 2.直接金融と間接金融――企業は誰からお金を借りているのか
- 3.間接金融では銀行が「金融のクッション」になる
- 4.なぜすべての企業が株式や社債を発行できるわけではないのか
- 5.金融市場は「場所」ではない
- 6.狭義の市場取引と相対取引
- 7.金融市場は「短期」と「長期」に分かれる
- 8.短期金融市場――銀行同士も「お金が足りない」
- 9.手形割引――「30日後のお金」を今日使う
- 10.オープン・マネーマーケット――企業も短期金融市場に参加する
- 11.CDとCP――銀行だけが企業の資金調達先ではない
- 12.資本市場――企業の長期資金を支える
- 13.社債には「借金」と「株式」の中間のような商品もある
- 14.株式市場の発展には「情報」が不可欠
- 15.「自己責任」の金融市場には条件がある
- 16.発行市場と流通市場――株式や債券は「売ったら終わり」ではない
- 17.流通市場があるから、投資家は長期投資できる
- 18.「フロー」と「ストック」:金融の二つの顔
- 19.金融市場を一つの巨大な「水循環」と考える
- 20.金融市場の役割は「お金を動かす」だけではない
- 21.銀行中心の金融から市場中心の金融へ
- 22.金融を理解すると「経済ニュース」が違って見える
- まとめ――金融とは「お金を動かす技術」ではなく「経済を循環させる仕組み」である
1.金融とは「余ったお金」と「必要なお金」をつなぐ仕組み
経済主体を大きく二つに分けると、ある期間において収入が支出を上回る「黒字主体」と、支出が収入を上回る「赤字主体」が存在する。
たとえば、ある家庭が年間500万円の所得を得て、400万円を消費したとする。この家庭には100万円の余剰資金が生じる。家庭はこの100万円を現金や預金として保有することもできるし、国債や株式などの金融資産を購入することもできる。
一方、ある企業が工場を建設するために10億円必要だが、手元の資金だけでは5億円しか用意できないとする。この企業は5億円の資金不足を抱える「赤字主体」である。
ここで重要になるのが金融である。
家計の余剰資金 → 金融システム → 企業の資金不足
という流れが形成されれば、家計の貯蓄が企業の設備投資へと変わる。家計から見れば「貯蓄」であったお金が、企業にとっては「投資資金」になる。
この意味で、金融は単なる「お金の貸し借り」ではない。現在使わない資金を、現在必要としている経済活動へ移動させる社会的な仕組みなのである。
2.直接金融と間接金融――企業は誰からお金を借りているのか
資金の移動を考えるうえで非常に重要なのが、直接金融と間接金融という区別である。
直接金融とは、最終的な資金の貸し手が、最終的な資金の借り手が発行する「本源的証券」を購入することで資金を供給する仕組みである。
たとえば、企業が「1億円の資金を調達したい」と考えて、社債を発行したとする。投資家がその社債を購入すれば、投資家から企業へ資金が移動する。
企業が株式を発行し、投資家がその株式を購入する場合も同じである。
したがって、
投資家 → 株式・社債 → 企業
という関係が直接金融の基本的なイメージになる。
ここでいう株式や社債、コマーシャル・ペーパー(CP)などは、企業が資金を調達するために発行する「本源的証券」である。
ただし、「直接金融」といっても、企業と投資家が文字どおり直接顔を合わせるわけではない。実際には証券会社などが間に入って、証券の発行や販売、取引の事務処理などを行う。
つまり、金融仲介機関が存在するかどうかだけで直接金融と間接金融を区別することはできない。
ここは金融を学ぶときに非常に重要なポイントである。
3.間接金融では銀行が「金融のクッション」になる
間接金融では、銀行などの金融仲介機関が資金の流れの中間に入る。
たとえば、家計が銀行に100万円を預けたとする。銀行はその預金を企業への貸し出しなどに利用する。
資金の流れは、
家計 → 銀行 → 企業
となる。
しかし、金融の仕組みとしてさらに重要なのは、家計が企業の借入証書を直接保有しているわけではないことである。
家計は銀行に対して「預金」という金融資産を持っている。一方、銀行は企業に対して「貸出」という金融資産を持つ。
つまり、
家計の金融資産=銀行預金
であり、
銀行の金融資産=企業への貸出
となっている。
このように銀行は、資金を右から左へ単純に流しているだけではない。預金という別の金融資産を作り、それを通じて企業への貸出を行っている。
この点は、第3章で扱われた金融仲介機関の役割ともつながっている。銀行は資金だけでなく、信用リスクや情報の問題も引き受けているのである。
4.なぜすべての企業が株式や社債を発行できるわけではないのか
ここで面白い問題が出てくる。
「企業が資金を必要としているなら、株式や社債を発行して投資家から直接お金を集めればよいのではないか」
理屈だけなら、その通りである。
しかし現実には、名前も知られていない企業が突然「私たちの会社に1億円投資してください」と言っても、多くの投資家は簡単には応じない。
なぜなら、投資家には企業の内部事情が分からないからである。
企業が「この会社は将来必ず成長します」と説明しても、それが本当なのか、投資家には判断しにくい。さらに、企業が自社に都合のよい情報だけを公開する可能性もある。
金融には、このような情報の非対称性という問題が存在する。
たとえば、企業側は「自社の経営状態」を詳しく知っている。一方、投資家は外部からしか企業を見ることができない。
この差が大きいと、投資家は「この社債を買って大丈夫なのだろうか」と不安になる。
そこで重要になるのが、情報開示、格付け、証券取引所の上場基準、監査などである。
つまり金融市場は、「お金さえあれば成立する市場」ではない。
信用できる情報が提供されることによって初めて、大量の資金が不特定多数の投資家から企業へ流れることが可能になる。
5.金融市場は「場所」ではない
「金融市場」という言葉を聞くと、東京証券取引所のような建物を想像しやすい。
しかし、市場という言葉の本質は建物ではない。
市場とは、需要と供給が出会い、その結果として価格が形成される仕組みである。
株式市場で考えてみよう。
ある会社の株を「1,000円なら買いたい」という人と、「1,000円なら売ってもいい」という人がいれば、そこで取引が成立する。
買いたい人が増えれば、より高い価格でも買いたい人が現れる。逆に、売りたい人が増えれば、価格を下げなければ取引が成立しなくなる。
こうして株価が形成される。
金融市場における「価格」は、単なる値札ではない。それは、市場参加者が将来の収益、リスク、金利、企業の信用力などについて持っている情報や期待が集約されたものなのである。
6.狭義の市場取引と相対取引
金融取引には、大きく「狭義の市場取引」と「相対取引」がある。
狭義の市場取引では、不特定多数の投資家が参加し、標準化された金融商品が取引される。
株式市場や国債市場などがその代表例である。
一方、相対取引では、特定の貸し手と借り手が個別に条件を交渉する。
銀行と企業の融資が典型的な例である。
銀行は企業との長年の取引を通じて、その企業の経営状態や経営者の特徴、過去の返済状況、事業の将来性などを知ることができる。そのため、公開市場では資金調達が難しい企業でも、銀行との関係を通じて資金を調達できる場合がある。
これは金融市場にとって非常に重要な意味を持っている。
市場取引だけに頼ると、「情報が少ない企業は資金を調達できない」という問題が生じるからである。
銀行という「企業をよく知っている専門家」が存在することで、金融市場だけでは資金を供給できない企業にも資金が流れる。
したがって、
市場金融=標準化・大量取引に強い
のに対して、
相対金融=個別情報・柔軟な対応に強い
という違いがある。
私募債もその一例である。不特定多数の投資家に販売する公募債とは異なり、少数の専門的な投資家に対して条件を個別に交渉して発行できるため、比較的小規模な企業にとって利用しやすい場合がある。
7.金融市場は「短期」と「長期」に分かれる
金融市場は、資金を利用する期間という観点から、短期金融市場と資本市場に分けることができる。
短期金融市場では、比較的短い期間の資金が取引される。これに対して資本市場では、より長期的な資金調達が行われる。
この違いは、経済活動の性質を考えると分かりやすい。
企業が「来月の支払いに備えて、一時的に100億円必要だ」という場合と、「新しい工場を建設するために10年間使う100億円が必要だ」という場合では、必要な金融の仕組みが違う。
前者では短期金融市場が重要になる。
後者では社債や株式などを利用する資本市場が重要になる。
つまり金融市場は、単に「お金を貸す市場」なのではなく、お金をどれくらいの期間使うのかという時間軸まで調整する市場なのである。
8.短期金融市場――銀行同士も「お金が足りない」
短期金融市場の中でも重要なのが、インターバンク・マネーマーケット、つまり銀行間市場である。
銀行は毎日大量の預金を受け入れ、企業や個人への貸し出しを行い、他の銀行との決済も行っている。その結果、ある銀行では一時的に資金が余り、別の銀行では資金が不足することがある。
そこで銀行同士が短期的に資金を融通し合う。
代表的なのがコール市場である。
コール市場では、翌日までの「翌日物」を中心として、銀行同士が短期的に資金を貸し借りする。手形売買市場も、銀行間で短期的な資金を融通するための市場として位置づけられている。
これは銀行という巨大な金融機関であっても、「資金がいつでも完全に均等に存在するわけではない」ことを示している。
銀行は巨大な資金プールを持っているように見えるが、実際には日々、資金の出入りを調整しなければならない。
金融システムとは、こうした細かな資金の偏りを毎日調整している仕組みでもある。
9.手形割引――「30日後のお金」を今日使う
短期金融の仕組みを理解するうえで興味深いのが手形割引である。
企業Aが企業Bから商品を購入し、代金として「30日後に100万円を支払います」という手形を発行したとする。
企業Bは30日待てば100万円を受け取れる。しかし、企業Bは今すぐ原材料を購入するために現金が必要かもしれない。
そこで銀行に手形を持ち込み、銀行から例えば98万円を受け取る。
銀行は30日後に企業Aから100万円を受け取る。
この場合、企業Bは30日後の100万円を現在の98万円に変換したことになる。銀行は差額の2万円を、資金を早く提供したことへの収益として得る。
つまり手形割引は、
未来のお金を現在のお金に変換する仕組み
と考えると非常に分かりやすい。
ここには金融の本質が凝縮されている。
金融とは、単なる「金額の移動」だけではない。時間の異なるお金を交換する仕組みでもあるからである。
10.オープン・マネーマーケット――企業も短期金融市場に参加する
銀行だけでなく、一般の事業会社なども参加できる短期金融市場がオープン・マネーマーケットである。
ここでは、債券現先、譲渡性定期預金(CD)、コマーシャル・ペーパー(CP)などが重要な金融商品になる。
特に面白いのが「債券現先」である。
たとえば企業が100万円の余裕資金を持っていても、3か月後にはその100万円を使う予定があるとする。
普通の国債を買えば、その間に運用収益を得られる可能性がある。しかし、3か月後に国債を売却するときの価格は分からない。価格が下落していれば、100万円を取り戻せない可能性もある。
そこで「3か月後に102万円で買い戻す」という条件をあらかじめ決めて取引する。
これが現先取引である。
買い手にとっては、短期間だけ資金を運用できる。一方、売り手にとっては、保有している国債を利用して短期的に資金を調達できる。
つまり現先取引は、長期の金融資産を短期の資金運用・調達に変換する仕組みなのである。
11.CDとCP――銀行だけが企業の資金調達先ではない
譲渡性定期預金、いわゆるCDは、銀行が発行する定期預金であり、一般の定期預金と異なって第三者に譲渡できることが特徴である。
一方、コマーシャル・ペーパー、CPは、一定の条件を満たした企業が発行する短期の資金調達手段である。
ここには金融システムの大きな変化を見ることができる。
企業は「銀行から借りる」という方法だけでなく、
銀行から借りる → 社債を発行する → CPを発行する → 株式を発行する
というように、さまざまな資金調達方法を選択できる。
企業にとって金融市場が発達することは、資金調達先の選択肢が増えることを意味する。
逆に銀行から見れば、優良企業が銀行借入から市場調達へ移れば、貸出先を失う可能性がある。
金融市場の発達は、企業にとって便利になるだけでなく、銀行そのもののビジネスモデルにも競争をもたらすのである。
12.資本市場――企業の長期資金を支える
資本市場では、設備投資や土地などの実物資産を購入するための比較的長期の資金が調達される。
代表的な金融商品が、
社債、外国債、株式
である。
社債は、企業が投資家から資金を借りるために発行する債券である。通常の社債では、企業は決められた利子を支払い、満期が来れば元本を返済する。
これに対して株式は性質が大きく異なる。
株式には通常、返済期限がない。また、社債のように利子の支払いが保証されているわけでもない。企業の業績が悪化すれば配当が支払われないこともある。
その代わり、企業の業績が大きく伸びれば株価が上昇し、投資家は大きなキャピタルゲインを得られる可能性がある。
したがって株主は、企業経営の成果を受け取る一方で、企業業績が悪化した場合のリスクも負担する。
ここから、株式は企業のリスクを投資家が引き受ける仕組みだという重要な意味が見えてくる。
13.社債には「借金」と「株式」の中間のような商品もある
社債にもさまざまな種類がある。
普通社債は、基本的には利子を受け取り、満期に元本を返済してもらう金融商品である。
一方、転換社債は、一定の条件のもとで株式へ転換できる権利を持つ。
たとえば株価が大きく上昇すれば、社債を株式に転換することで利益を得られる可能性がある。一方、株価が低迷すれば、株式へ転換せず社債として保有することもできる。
また、新株引受け権付き社債、いわゆるワラント債は、一定の価格で新株を購入できる権利を付けた社債である。
こうした金融商品が登場する理由は、資金調達する企業と投資家の双方が、自分たちのリスクと利益の組み合わせを調整したいからである。
金融市場では、「安全か、危険か」という単純な二択ではなく、さまざまなリスクと収益の組み合わせを持った金融商品が設計されている。
14.株式市場の発展には「情報」が不可欠
株式や社債が広く売買されるためには、企業についての情報が投資家に提供されなければならない。
もし企業が好き勝手に情報を発表でき、経営状態を正確に開示しなくてもよいなら、投資家は安心して証券を購入できない。
そこで重要になるのがディスクロージャー(情報開示)である。
企業の財務内容や経営状況などが公開され、投資家がそれを判断材料として利用できることが、市場の信頼を支える。
さらに社債については格付けも重要になる。
格付け機関は、企業が発行する社債について、その債務不履行リスクなどを評価し、AAA、AAなどの格付けを付与する。
格付けの高い企業であれば、投資家にとってリスクが低いと評価されやすく、その結果として企業はより有利な条件で資金を調達できる可能性がある。
ここで非常に重要なのは、金融市場が「情報市場」でもあるという点である。
株価や社債価格は、単なる需給だけで決まっているのではない。
企業の業績、将来性、財務状態、信用力、金利、景気見通しなど、膨大な情報が価格形成に影響している。
15.「自己責任」の金融市場には条件がある
社債発行などの規制が緩和されていけば、企業はより自由に市場から資金を調達できる。
しかし、その反面、投資家自身がリスクを判断しなければならなくなる。
そこで必要になるのが、
情報開示+格付け+投資家自身による判断
という仕組みである。
これは金融市場の自由化を考えるうえで重要な問題である。
規制を強くすれば投資家保護につながる可能性がある一方、企業の資金調達を制限してしまう可能性がある。逆に規制を緩和すれば資金調達の自由度は高まるが、投資家が十分な情報を持たないままリスクを引き受ける危険も高まる。
このため金融制度では、
「自由な市場」と「投資家保護」をどう両立させるか
が大きなテーマになる。
この問題は、その後の日本の金融ビッグバンや金融規制改革を理解するうえでも重要な基礎になる。
16.発行市場と流通市場――株式や債券は「売ったら終わり」ではない
金融市場を理解するうえで、もう一つ非常に重要なのが、発行市場と流通市場の区別である。
発行市場とは、企業などが新しく株式や社債などを発行して資金を調達する市場である。
たとえば企業が新しい社債を発行し、投資家が購入する。この場合、資金は企業に入る。
一方、流通市場では、すでに発行された金融資産が投資家同士で売買される。
たとえばAさんが持っている社債をBさんに売る。
この場合、基本的にはAさんとBさんの間で金融資産とお金が交換されるだけであり、社債を発行した企業に新しい資金が入るわけではない。
ここだけを見ると、「それなら流通市場は企業にとって意味がないのではないか」と思える。
実は逆である。
流通市場があるからこそ、投資家は安心して発行市場で金融商品を購入できる。
17.流通市場があるから、投資家は長期投資できる
たとえば、企業が10年満期の社債を発行したとする。
投資家が「10年間絶対に売れない」と考えたら、その社債を買うことをためらうだろう。
ところが、途中で他の投資家に売却できるのであれば話は変わる。
「10年満期だけれど、5年後にお金が必要になったら売ればいい」
と考えられるからである。
つまり流通市場には、金融資産に流動性を与える役割がある。
この流動性があるからこそ、投資家は金融資産を購入しやすくなる。
したがって、
発行市場が金融商品の「誕生する場所」だとすれば、流通市場は金融商品の「生命線」である。
発行市場と流通市場は別々の市場でありながら、相互に支え合っている。
18.「フロー」と「ストック」:金融の二つの顔
ここまでの議論をさらに一段深くすると、金融には二つの側面があることが分かる。
一つは、一定期間における資金の流れ(フロー)である。
家計が1年間に100万円を貯蓄し、それが企業の設備投資に利用されれば、100万円の資金が黒字主体から赤字主体へ移動したことになる。
もう一つは、ある時点における金融資産・負債の残高(ストック)である。
家計が100万円の預金を持っていれば、その時点で家計には100万円の金融資産が存在する。
企業側には、それに対応する負債などが存在する。
この区別は金融統計を理解するうえでも重要である。
「今年、企業に100億円の資金が流れた」というのはフローの話であり、「企業が現在1兆円の借入金を抱えている」というのはストックの話である。
金融を理解するときには、「いくら持っているのか」と「一定期間にいくら動いたのか」を区別しなければならない。
19.金融市場を一つの巨大な「水循環」と考える
金融の仕組みは、巨大な水循環にたとえると分かりやすい。
家計や企業などに余った資金が生まれる。
それが銀行預金、株式、社債、投資信託、保険などの金融資産になる。
その資金は銀行を通じて企業へ貸し出されたり、株式や社債を通じて企業へ直接供給されたりする。
企業はその資金を設備投資や研究開発、人材採用などに利用する。
そして企業活動によって所得が生まれ、その所得が再び家計や企業の資金となる。
こうして、
所得 → 貯蓄 → 金融資産 → 投資・融資 → 生産活動 → 所得
という循環が形成される。
金融市場は、この循環の中に存在する巨大な「水路」のようなものだと考えることができる。
しかも、その水路にはさまざまな種類がある。
銀行という大きな水路もあれば、株式市場や社債市場という水路もある。短期的な資金を流すコール市場もあれば、10年、20年といった長期資金を流す資本市場もある。
20.金融市場の役割は「お金を動かす」だけではない
ここまでを整理すると、金融市場にはいくつもの機能が重なっていることが分かる。
第一に、資金を移転する機能がある。余っている資金を必要なところへ移す。
第二に、時間を調整する機能がある。今日必要なお金と、将来得られるお金を交換する。
第三に、リスクを分担する機能がある。株式では企業経営のリスクを株主が負担する。
第四に、情報を価格に反映させる機能がある。企業の将来性や信用力などについての情報が、株価や金利、債券価格などに反映される。
第五に、流動性を提供する機能がある。一度購入した金融資産を流通市場で売却できるようにする。
そして第六に、企業や政府などの資金調達手段を多様化する機能がある。
このように考えると、金融市場は「お金を貸す場所」という単純なものではない。
むしろ、
金融市場とは、資金・時間・リスク・情報を組み替えながら、経済主体同士を結び付ける社会的なインフラである。
と考えると、その本質が見えてくる。
21.銀行中心の金融から市場中心の金融へ
この章で扱われている日本の金融市場の歴史的な説明には、もう一つ重要な意味がある。
戦後の日本では、企業の資金調達において銀行借入の存在感が非常に大きかった。一方、1980年代以降になると、企業が株式や社債などを利用して市場から資金を調達する動きが強まった。
特に1990年代には、社債発行に関する規制緩和が進められ、企業の資金調達手段が広がった。1993年度には無担保普通社債の発行限度額規制が撤廃され、適債基準も緩和され、1996年には適債基準そのものが撤廃された。企業内容を十分に開示し、格付けなどの情報を提供することで、より幅広い企業が社債市場を利用できる方向へ制度が変化した。
これは単なる「社債の規制緩和」ではない。
金融システムの考え方が、
「銀行が企業を審査して資金を貸す」
という仕組みから、
「企業が情報を公開し、投資家がリスクを判断して資金を提供する」
という仕組みへ、部分的に重心を移していったことを意味する。
そして、この変化は企業経営そのものにも影響する。
銀行から借りている企業であれば、銀行が企業経営を監視する。しかし株式市場から多くの資金を調達する企業では、株主や機関投資家など市場参加者による監視が重要になってくる。
つまり、金融の仕組みが変わると、企業統治の仕組みまで変わるのである。
22.金融を理解すると「経済ニュース」が違って見える
金融市場の仕組みを知ると、普段ニュースで聞く言葉の意味も大きく変わってくる。
「企業が社債を発行した」というニュースは、単に企業がお金を集めたという話ではない。その背景には、銀行借入と市場調達のどちらを選択するかという企業金融の問題がある。
「株価が上昇した」というニュースも、単なる株式市場の出来事ではない。企業の将来利益に対する期待、金利、投資家のリスク判断などが複雑に反映されている。
「銀行間金利が上昇した」というニュースなら、銀行同士の短期的な資金需給が変化している可能性がある。
「社債の利回りが上昇した」というニュースなら、金利環境の変化だけでなく、その企業や市場全体に対する信用リスクの評価が変わっている可能性もある。
このように金融市場は、経済の表面で動いている別世界ではない。
企業、家計、政府、銀行、投資家の日々の意思決定が、金融市場という場所で価格と資金の流れに変換されている。
まとめ――金融とは「お金を動かす技術」ではなく「経済を循環させる仕組み」である
金融を最も単純に表現すれば、「資金余剰主体から資金不足主体へ資金を移転する仕組み」である。
しかし、その中身を掘り下げていくと、金融は単なる資金移転ではないことが分かる。
銀行は預金と貸出を組み合わせ、情報と信用リスクを引き受ける。証券市場は企業と投資家を結び付け、株式や社債の価格を形成する。短期金融市場は、銀行や企業の一時的な資金不足と余剰を調整する。資本市場は、設備投資などの長期的な資金需要を支える。発行市場は新しい資金を生み出し、流通市場は金融資産に流動性を与える。
そして、その全体を貫いているのが、「現在の余剰」と「将来の必要」を結び付けるという金融の役割である。
金融市場で取引されているのは、実は「お金」だけではない。
そこでは、時間が取引され、リスクが取引され、信用が取引され、情報が価格に変換されている。
この視点に立つと、銀行、株式、社債、短期金融市場、証券取引所といった一見ばらばらに見える制度が、一つの巨大なシステムとしてつながって見えてくる。
そして、この金融システムが円滑に機能するかどうかは、企業が投資できるか、家計が資産を形成できるか、政府が資金を調達できるかという問題だけでなく、経済全体が持続的に成長できるかどうかにも深く関わっているのである。
