金融機関というと、銀行や証券会社、保険会社など、民間企業として営業する金融機関を思い浮かべることが多い。しかし、金融の世界にはもう一つ重要な領域がある。それが政府金融機関を中心とする公的金融である。
民間金融機関は、基本的には「返済可能性」「収益性」「リスク」に基づいて資金を供給する。ところが、社会にとって必要な事業であっても、採算が取りにくかったり、投資期間が長すぎたり、リスクが大きすぎたりするために、民間金融だけでは十分な資金が供給されないことがある。住宅、農林漁業、中小企業、地域開発、海外インフラ、輸出入などがその典型である。
そこで登場するのが政府金融機関である。政府金融機関は、単純に「政府がお金を貸す銀行」なのではない。民間金融だけでは資金が届きにくい領域に対して、政策目的を持って資金を配分する仕組みなのである。金融を「市場だけの仕組み」と考えると見えにくい、日本経済のもう一つの資金循環がここにある。
- 1.なぜ政府が金融をするのか
- 2.政府金融機関にはどんな種類があったのか
- 3.日本政策投資銀行――産業政策と長期資金
- 4.国際協力銀行――日本企業と海外経済をつなぐ金融
- 5.国民生活金融公庫――小さな事業者を支える金融
- 6.住宅金融公庫――「家を持つ」という社会政策
- 7.中小企業金融公庫――民間銀行が取りにくい長期リスク
- 8.農林漁業金融公庫――自然と向き合う産業への金融
- 9.公営企業金融公庫――自治体にも「資金調達」が必要
- 10.沖縄振興開発金融公庫――地域固有の政策課題と金融
- 11.郵便貯金――「国民の貯蓄」を巨大な資金源にする仕組み
- 12.簡易保険――保険も巨大な資金循環を生む
- 13.財政投融資とは何だったのか
- 14.2001年の財政投融資改革――「預かったお金をそのまま回す」仕組みからの転換
- 15.政府金融の「光」と「影」
- 16.金融機関は「社会の設計図」でもある
- 17.金融自由化へ――「金融機関の境界」が崩れ始める
- 政府金融を理解すると、日本経済の「もう一つの血流」が見える
1.なぜ政府が金融をするのか
金融市場では、資金を必要とする人や企業がいれば、必ず資金が供給されるとは限らない。
たとえば、ある中小企業が新しい工場を建設しようとしているとする。将来的には地域の雇用を生み、産業振興にもつながる可能性がある。しかし、企業規模が小さく、担保も十分ではなく、投資回収まで10年以上かかるとすれば、民間銀行から見れば融資リスクが高い。
同じことは住宅にもいえる。住宅は個人にとって非常に重要な資産だが、長期・低利の住宅ローンを誰もが容易に利用できるとは限らない。
農業や林業ではさらに難しい。自然条件によって収益が変動し、土地や設備が一般企業と異なる性質を持ち、投資回収にも時間がかかる。
海外のインフラ整備も同様である。日本企業の海外展開を支援することが国全体にとって有益でも、相手国の政治・為替・経済情勢まで考えれば、民間金融機関だけではリスクを取りにくい。
こうした「社会的には必要だが、民間金融だけでは十分に供給されにくい資金」を補完するのが政府金融機関の基本的な役割である。政府金融機関は、信用補完、リスク補完、収益補完などを通じて、政策目的に沿った金融活動を行ってきた。平成12年末の政府金融機関の貸出残高は約162兆8,676億円に達していた。
ここで重要なのは、「政府金融機関は民間金融機関より優れている」という話ではないことである。むしろ両者は異なる役割を持つ。
| 民間金融 | 政府金融 |
|---|---|
| 収益性・安全性を重視 | 政策目的を重視 |
| 市場原理を基本とする | 政策的な資金配分を行う |
| 民間企業の事業判断 | 社会・産業政策との連動 |
| リスクを価格に反映 | 政府による信用・リスク補完 |
| 採算性のある分野に強い | 民間では不足しやすい分野を補完 |
つまり政府金融の存在理由は、市場を置き換えることではなく、市場だけでは生じにくい資金供給を補うことにある。
2.政府金融機関にはどんな種類があったのか
当時の政府金融機関には、日本政策投資銀行、国際協力銀行、国民生活金融公庫、住宅金融公庫、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫、公営企業金融公庫、沖縄振興開発金融公庫などがあった。
これらには共通する特徴があった。政府による出資を基礎とし、役員の任命にも政府が関与し、一般の銀行のように広く預金を受け入れるのではなく、政府からの借入金や債券発行などによって資金を調達し、それを政策目的に沿って融資するという仕組みである。
ここには、銀行とはかなり違った金融の考え方がある。
銀行は「預金を集めて貸す」というビジネスモデルを持つ。それに対して政府金融機関は、政府の信用力を背景として資金を調達し、政策的に重要な分野へ資金を供給する。
したがって、政府金融機関を理解するには、「金融機関」という言葉だけでなく、「政策実行機関」という側面を見る必要がある。
3.日本政策投資銀行――産業政策と長期資金
日本政策投資銀行は、旧日本開発銀行と旧北海道東北開発公庫を統合する形で平成2年10月に設立された。
旧日本開発銀行は戦後復興期の昭和26年に設立され、当初は電力、海運、石炭、鉄鋼など、日本経済の再建に必要な基幹産業への融資を中心としていた。
しかし日本経済が発展すると、必要とされる資金の内容も変化する。
昭和30年代後半からは都市開発、地方開発、国民生活の改善などへ融資対象が広がり、昭和50年代には原子力発電などの資源・エネルギー関連にも資金が供給された。その後は生活・社会基盤整備、環境、エネルギー、地域活性化などが重要な領域になった。平成12年末の貸付金は約18兆273億円だった。
この変化は非常に興味深い。
政府金融機関が永遠に同じ産業へ融資するわけではないからである。社会の発展段階が変われば、「市場に任せてよい分野」と「政策的に支える必要がある分野」も変化する。
戦後の日本では鉄鋼や電力が重要だった。高度成長期には都市インフラが重要になり、その後は環境やエネルギー、地域活性化などが課題となった。
つまり政府金融機関の歴史は、その時代の日本が何を「国家的に重要な投資」と考えてきたのかを映す鏡でもある。
4.国際協力銀行――日本企業と海外経済をつなぐ金融
国際協力銀行は、旧日本輸出入銀行と旧海外経済協力銀行を統合する形で平成11年10月に設立された。
旧日本輸出銀行は、戦後の日本企業による輸出を金融面から支援するために設立された。船舶、車両、工業設備などの輸出に必要な資金を供給し、日本企業の海外展開を金融面から支えた。
その後、重要物資の輸入や海外投資、海外事業への融資などへ業務範囲が拡大した。
ここには日本の産業発展と金融の深い関係がある。
たとえば、日本企業が海外で大型工場を建設するとき、単に「工場を作るためのお金」が必要になるだけではない。建設期間、現地通貨、政治情勢、為替、相手国政府との関係、輸出入契約など、さまざまなリスクが存在する。
民間銀行が単独でそのリスクを負うことが難しい場合、政府系金融機関が参加することで資金調達が可能になる。
これは政府金融が単なる「国内への融資」ではなく、外交、貿易、産業政策、国際協力と金融が交差する領域であることを示している。
平成12年末の国際協力銀行の貸付金は約20兆8,307億円だった。
5.国民生活金融公庫――小さな事業者を支える金融
国民生活金融公庫は、旧国民金融公庫と旧環境衛生金融公庫を統合する形で平成2年10月に設立された。
役割は、一般の金融機関から十分な融資を受けることが難しい国民に対して、小口の事業資金などを供給することである。
貸付先では従業員20人未満の事業者が件数・金額ともに大きな部分を占めていた。
ここには中小企業金融の本質がよく表れている。
大企業であれば、銀行融資だけでなく社債や株式など、多様な資金調達手段を持つことができる。しかし小規模事業者の場合、資本市場へのアクセスは限られている。
しかも、地域の小さな飲食店、美容室、小売店、工務店、製造業者などは、それぞれ地域社会の中で重要な役割を果たしている。
つまり、企業規模が小さいことと、社会的価値が小さいことは同じではない。
政府系金融は、この「企業規模と社会的役割のずれ」を金融面から補完する役割を持っていたのである。
6.住宅金融公庫――「家を持つ」という社会政策
住宅金融公庫は、住宅建設に必要な資金を低利・長期で供給することを目的として設立された。
当初は個人住宅建設資金や賃貸住宅建設資金が中心だったが、その後、分譲住宅、宅地造成、既存住宅購入などへ対象が拡大した。
平成12年末の貸付金は約75兆7,823億円に達しており、政府金融機関の中でも極めて大きな規模を占めていた。
住宅金融公庫の存在は、「住宅ローン」という身近な金融商品を、実は国家の住宅政策と結びつけて考えることができることを示している。
住宅は単なる消費財ではない。住宅を取得すれば、建設会社、住宅設備、家具、家電、不動産、建材、金融など、非常に多くの産業が動く。
したがって住宅金融は、個人の生活支援であると同時に、住宅産業や都市形成を支える金融政策でもあった。
ただし、政府が低利・長期融資を大量に供給すれば、それが常に望ましいとは限らない。住宅価格や土地価格を押し上げる可能性もあり、金融政策・住宅政策・土地政策は相互に影響する。
金融は「お金を貸すだけ」に見えて、実際には都市の姿まで変えてしまうのである。
7.中小企業金融公庫――民間銀行が取りにくい長期リスク
中小企業金融公庫は、中小企業の事業振興に必要な長期資金を供給することを目的としていた。
対象は資本金や従業員数などによって定められた中小企業であり、設備資金や長期運転資金が中心だった。
中小企業にとって、設備投資は非常に重要である。しかし設備投資には「今お金が出ていき、将来少しずつ回収する」という時間差がある。
たとえば1億円の工作機械を導入した場合、購入した瞬間に1億円の現金が必要になる。一方、その機械が生み出す利益は10年、15年かけて回収されるかもしれない。
ここで金融機関が重要になる。
金融とは、単に「持っている人から持っていない人へお金を移すこと」ではない。現在のお金と未来の収益を交換する仕組みでもある。
政府金融機関が長期資金を供給するということは、民間金融機関が取りにくい「時間のリスク」を政策的に補完することでもある。
8.農林漁業金融公庫――自然と向き合う産業への金融
農林漁業は、一般企業とは異なる金融上の問題を抱えている。
天候によって収穫量が変わり、価格も市場環境によって大きく変動する。設備投資の回収期間も長い。さらに、農地などは一般企業の工場とは異なる性格を持つため、担保として単純に評価できない場合がある。
そこで農林漁業金融公庫は、農林漁業者に対して、生産力の維持・増進に役立つ長期資金を供給していた。
平成12年末の貸付金は約4兆218億円であり、農協などを経由した転貸方式も採用されていた。
ここでも重要なのは、金融が産業構造に合わせて設計されていることである。
農業に銀行の一般的な企業金融モデルをそのまま当てはめても、うまく機能しない。だから農協、信連、農林中央金庫、公的金融機関などが組み合わされた独自の金融ネットワークが形成されてきた。
9.公営企業金融公庫――自治体にも「資金調達」が必要
政府金融の対象は企業だけではない。地方公共団体が行う公営企業にも資金需要がある。
公営企業金融公庫は、地方公共団体が公営企業のために必要とする資金を供給することを目的としていた。
対象には道路、水道、公営住宅など、地域社会の基盤となる事業が含まれていた。
ここで面白いのは、公共サービスもまた「金融」を必要とするということである。
水道施設を建設する場合、建設費は現在発生する。しかし、水道サービスから得られる収入は長期間にわたって発生する。
つまり公共インフラにも、
現在の巨額投資 → 長期間にわたる便益・料金収入
という時間構造が存在する。
金融は民間企業だけのものではなく、道路、水道、住宅など、社会インフラそのものを成立させる仕組みでもある。
10.沖縄振興開発金融公庫――地域固有の政策課題と金融
沖縄振興開発金融公庫は、沖縄における産業開発、住宅、農業、中小企業などへの長期資金供給を目的として、沖縄返還と同時期の昭和47年に設立された。
平成12年末の貸付金は約1兆7,433億円だった。
このような制度を見ると、政府金融には「全国一律の金融」とは別に、地域固有の歴史的・地理的条件を考慮した金融という側面があることが分かる。
地域振興政策に金融を組み込むことで、民間投資だけでは形成しにくい産業基盤を整備することが可能になる。
11.郵便貯金――「国民の貯蓄」を巨大な資金源にする仕組み
政府金融を考えるうえで非常に重要なのが郵便貯金である。
郵便貯金は郵便局を通じて国民から資金を集める仕組みで、通常貯金、貯蓄貯金、定額貯金、定期貯金、積立貯金などがあった。その中でも定額貯金が大きな比重を占めていた。
平成12年末の郵便貯金残高は約249兆9,336億円という巨額に達していた。個人預貯金全体に占める割合も36%に達していた。
これは日本の金融構造を理解するうえで非常に重要な数字である。
郵便局は全国各地に存在する。そのため、大都市だけではなく地方の家庭からも少額資金を集めることができる。
「一人ひとりから見れば小さな貯金」が、全国規模で集まると巨大な金融資源になる。
これは金融機関の本質の一つでもある。
小さな資金を大量に集め、大きな資金として社会に再配分する。
銀行が行っていることと似ているが、郵便貯金の場合には、その巨大な資金が政府の財政投融資とも結びついていた。
12.簡易保険――保険も巨大な資金循環を生む
郵便局は貯金だけでなく、簡易保険も扱っていた。
簡易保険は生命保険や年金保険を中心とし、民間生命保険よりも手続きが簡単で、比較的小口の保障を提供することに特徴があった。
平成12年末の簡易保険の運用資産は約28兆6,665億円に達し、民間生命保険会社の資産規模と比較しても非常に大きかった。
ここにも「保険と金融の接点」がある。
保険料は現在集められるが、保険金が支払われるのは将来である。その間、保険会社は積立金を運用する。
つまり保険も、
現在の資金 → 長期間の運用 → 将来の給付
という金融機能を持っている。
そのため郵便貯金と簡易保険は、単なる郵便局のサービスではなく、日本の資金循環を大きく左右する存在だった。
13.財政投融資とは何だったのか
ここで政府金融機関を理解するための大きなキーワードが登場する。
それが財政投融資である。
従来の仕組みでは、郵便貯金や簡易保険、厚生年金などから資金が集められ、それらの資金が資金運用部に預託され、そこから政府金融機関などへ資金が供給されていた。
イメージすると、次のようになる。
国民の貯蓄・保険料
↓
政府の資金調達・資金運用の仕組み
↓
政府金融機関・公庫など
↓
住宅・中小企業・農林漁業・公共事業・海外事業など
つまり国民の貯蓄が、政府の政策的な資金配分を経由して、さまざまな産業や社会インフラに流れていたのである。
この仕組みは戦後日本の経済成長を支えた重要な資金循環でもあった。
一方で、規模が巨大になるにつれて、「本当に市場原理に基づいた資金配分になっているのか」「政府が資金配分を過度にコントロールしていないか」「採算性の低い事業に資金が流れていないか」といった問題も生じてきた。
ここから金融改革・行政改革との接点が生まれてくる。
14.2001年の財政投融資改革――「預かったお金をそのまま回す」仕組みからの転換
平成13年、財政投融資の仕組みは大きく改革された。
従来は、郵便貯金や年金などの資金を預託して、それを政府側で運用するという仕組みが中心だった。
これに対して改革後は、市場原理をより重視した資金調達へと転換する方向が打ち出された。
具体的には、
- 財投機関債
- 政府保証債
- 財投債
などを通じて資金を調達する仕組みが導入された。
この変化は非常に重要である。
以前の仕組みでは、
「国民から集めた資金を、政府が政策的に配分する」
という色彩が強かった。
改革後は、
「政策金融機関自身が市場から資金を調達し、その必要性や信用力を市場から評価される」
という方向へ移ろうとした。
つまり金融改革とは、単に銀行の規制を緩めるだけではない。
政府自身の金融活動にも市場原理を導入することだったのである。
15.政府金融の「光」と「影」
政府金融には明確な意義がある。
民間金融機関だけでは融資しにくい中小企業、住宅、農林漁業、社会インフラ、海外事業などに資金を供給できるからである。
しかし、政府が金融を行うことには別の問題もある。
第一に、政策目的が優先されることで、採算性の低い事業に資金が流れる可能性がある。
第二に、政府の信用力を背景とするため、実際のリスクが見えにくくなることがある。
第三に、政府金融機関が民間金融機関と競争するようになると、「民間でできることまで政府がやる必要があるのか」という問題が生じる。
第四に、金融機関の経営判断と政治的な資金配分が近づきすぎると、金融そのものの健全性が損なわれる可能性がある。
したがって、政府金融の問題は「政府金融は必要か、不要か」という単純な二択ではない。
むしろ重要なのは、
どこまでを市場に任せ、どこからを政策金融で補完するのか
という境界線なのである。
16.金融機関は「社会の設計図」でもある
ここまで政府金融機関を眺めてくると、金融機関の姿が、その国の社会構造と密接につながっていることが分かる。
戦後復興期には鉄鋼、電力、海運などへの長期資金が重要だった。
高度成長期には住宅、都市開発、インフラ、中小企業の設備投資が重要になった。
海外展開が進めば輸出入金融や海外投資金融が重要になる。
農業が重要なら農業金融が発達する。
高齢化が進めば年金や介護など、長期的な生活保障に関わる金融が重要になる。
地域経済が衰退すれば、地域金融や地域産業への資金供給が課題になる。
つまり金融機関は単なる「お金の会社」ではない。
社会が何を必要としているのかを映し出す装置なのである。
17.金融自由化へ――「金融機関の境界」が崩れ始める
政府金融機関を含めた金融制度全体を見渡すと、もう一つ大きな変化が見えてくる。
それが金融自由化である。
それまでの日本では、銀行、証券、保険、長期信用銀行、信託銀行などの間に比較的明確な業務分野の境界が設けられていた。
しかし1980年代以降、世界的に金融自由化が進み、日本でも規制緩和が進展した。
その中心となったのが、
金利の自由化
金融商品の多様化
業務分野の相互乗り入れ
である。
これは金融機関の世界を大きく変える。
銀行も証券に近づく。
証券会社も銀行的な商品を扱う。
保険会社も金融商品を多様化する。
政府金融機関も改革の対象になる。
そして最終的には、「銀行」「証券」「保険」「公的金融」という従来の境界そのものが問い直されることになる。
政府金融を理解すると、日本経済の「もう一つの血流」が見える
政府金融機関の役割を一言で表すなら、市場金融だけでは届きにくいところへ政策的に資金を届ける仕組みということになる。
しかし、その意味はもっと大きい。
日本の金融システムは、
家計の貯蓄
→ 銀行・郵便貯金・保険
→ 金融市場・政府金融
→ 企業・住宅・農林漁業・自治体・海外
→ 投資・生産・雇用・社会インフラ
という巨大な資金循環によって成り立っている。
民間銀行はその中心的な担い手である。しかし、それだけではない。信用金庫、信用組合、農協、農林中央金庫、証券会社、保険会社、短資会社、ノンバンク、そして政府金融機関が、それぞれ異なる領域を担当している。
政府金融は、この巨大な金融ネットワークの中で、「市場だけでは資金が届きにくい場所」を補う役割を担ってきた。
だからこそ、その規模が大きくなればなるほど、政策目的と市場原理のバランスが重要になる。
そして2000年代初頭の金融改革は、まさにそのバランスを組み替える試みだった。
金融を理解するということは、銀行の金利や株価を見るだけではない。誰が資金を集め、誰が信用を引き受け、誰がどこへ資金を流すのかを見ることである。
その視点に立つと、政府金融機関は「政府が運営する特殊な銀行」という存在を超えて、戦後日本がどのように産業を育て、住宅を増やし、地域を整備し、中小企業を支え、海外へ進出してきたのかを読み解くための重要な手がかりになる。
