金融機関は、預金を集め、企業や個人に貸し出し、決済を担い、証券市場や短期金融市場にも参加しています。つまり、一つの金融機関の経営問題は、その金融機関だけの問題にとどまらない可能性があります。ある銀行が資金繰りに行き詰まれば、そこに預金を置いている人や企業だけでなく、その銀行と取引する別の金融機関、決済を受ける企業、さらには金融市場全体へと影響が波及することがあります。
そのため金融行政には、金融機関が破綻してから対応するだけではなく、破綻しにくい経営を促すこと、危険を早期に発見すること、問題が発生した場合に連鎖を防ぐこと、そして実際に破綻した場合には社会的混乱を最小限に抑えながら処理することが求められます。
この考え方が「信用秩序維持政策」であり、その具体的な仕組みとして、自己資本規制、金融機関への検査・監督、預金保険、中央銀行による緊急融資、破綻金融機関の営業譲渡やブリッジ・バンクなどがあります。
- 金融機関のリスクは「会社の失敗」だけでは終わらない
- 電子化された金融では危機の伝播も速くなる
- 金融システムの安全網――「最後の貸し手」と「預金保険」
- 日銀特融は「銀行を救うためのお金」なのか
- 預金保険制度――預金者を守るだけではなく、取り付けを防ぐ
- 「破綻させない」から「破綻しても混乱させない」へ
- 直接規制から「健全性規制」へ
- 自己資本比率規制――金融機関の「体力」を測る
- 規制だけでは足りない――検査と監督
- 金融監督庁から金融庁へ――「護送船団方式」の転換
- それでも金融機関が破綻したらどうするのか
- アメリカで発達した破綻処理――P&A方式とブリッジ・バンク
- 日本の破綻処理も大きく変わった
- 金融機関の破綻処理で難しい「公平性」の問題
- 金融規制の本当の目的は「銀行を守ること」ではない
- 「安全な金融システム」とは、破綻が一件もないシステムではない
- 金融危機を「連鎖」として見る
金融機関のリスクは「会社の失敗」だけでは終わらない
一般企業の場合、経営が悪化して倒産すれば、基本的にはその企業と取引先、従業員、株主などを中心に影響が及びます。しかし金融機関の場合は事情が違います。
銀行は、預金という形で多数の人から資金を集め、それを企業や個人への貸出などに運用しています。同時に、他の金融機関との間でも大量の資金決済を行っています。したがって、一つの金融機関の問題が別の金融機関の問題を引き起こし、さらにその問題が別の金融機関へ波及する可能性があります。
たとえば、銀行Aが銀行Bに対して多額の資金を貸していたとします。銀行Aが破綻すれば、銀行Bにとっては「貸したお金が戻ってこない」という問題が生じます。もし銀行Bが、その影響によって預金者からの払い戻しに応じられなくなれば、今度は銀行Bの信用が低下します。銀行Bと取引していた銀行Cが警戒して資金を引き揚げれば、問題はさらに広がります。
金融システムは、このような相互依存関係を持つネットワークなのです。
金融機関には流動性リスク、金利リスク、価格変動リスク、為替リスク、信用リスクなど、さまざまなリスクがあります。一つの金融機関だけにとどまるリスクが、その金融機関の信用低下や経営破綻につながることもあります。そして、それが他の金融機関に連鎖し、金融システム全体を混乱させる状態が「システミック・リスク」です。
この問題が難しいのは、金融システムでは「安全な銀行」と「危険な銀行」を完全に切り分けることができない点にあります。銀行同士が決済や資金調達を通じて結びついているからです。
電子化された金融では危機の伝播も速くなる
金融システムのネットワーク性は、金融業務の電子化によってさらに重要になりました。
かつて銀行間の資金移動には一定の時間がかかりました。しかしコンピュータと通信ネットワークによって大量の決済が短時間で処理される現在型の金融システムでは、一つの金融機関の問題が非常に速く他へ伝わる可能性があります。
これは便利さの裏返しでもあります。
たとえば、銀行間決済が高速化すれば、企業は迅速に資金を移動でき、金融機関も効率的に資金を運用できます。一方で、システム障害や金融機関の信用不安が発生した場合、その影響も高速で広がる可能性があります。
つまり、金融の電子化は金融システムの効率性を高めると同時に、システム全体の相互依存性を高めるという側面を持っています。コンピュータ事故や通信障害でさえ、決済システムを通じて金融機関の機能に影響を及ぼし得るため、金融システムの安全性は単なる「銀行経営の問題」ではなく、社会インフラの問題になります。
金融システムの安全網――「最後の貸し手」と「預金保険」
システミック・リスクへの対応として重要なのが、金融システムのセーフティ・ネット(安全網)です。
中心となるものとして、金融機関が一時的な資金不足に陥った場合に中央銀行が資金を供給する仕組みと、金融機関が破綻した場合に預金者を保護する預金保険制度があります。
ここで重要なのは、この二つが同じものではないことです。
中央銀行による緊急融資は、基本的には「一時的に資金が足りない」という流動性問題への対応です。一方、預金保険は金融機関が破綻した場合に預金者を保護する仕組みです。
この違いは金融危機を理解するうえで非常に重要です。
銀行には、預金者から見れば「いつでも引き出せるお金」が大量にあります。しかし銀行は、その資金のすべてを現金のまま保有しているわけではありません。企業への貸出や有価証券など、すぐには現金化できない資産に運用しています。
そのため、健全な銀行であっても、預金者が一斉にお金を引き出そうとすれば資金繰りが苦しくなる可能性があります。
これが銀行というビジネスの根本的な特徴です。
預金者にとっては流動性の高い資産でありながら、銀行にとっては比較的長期の資金運用を可能にする。
この時間差が銀行の収益の源泉になる一方、取り付けという危険も生み出します。
そこで中央銀行には、金融システム全体を守るために「最後の貸し手」として機能する役割があります。
日銀特融は「銀行を救うためのお金」なのか
日本銀行による緊急融資は、一般に「日銀特融」と呼ばれてきました。
ここで誤解してはいけないのは、日銀特融が単純に「経営に失敗した金融機関を救済するためのお金」ではないということです。
金融機関の信用不安が広がり、金融システム全体に悪影響を及ぼす危険がある場合に、中央銀行が最後の貸し手として資金を供給するという考え方です。
つまり、
個別金融機関の救済ではなく、信用秩序の維持が目的
というところがポイントになります。
この考え方は、金融危機を理解するうえで非常に興味深い問題を含んでいます。
金融機関が「危なくなれば中央銀行が助けてくれる」と考えるようになると、危険な経営を行う誘因が生じる可能性があります。これは一般にモラルハザードと呼ばれる問題です。
したがって、金融安全網は強ければ強いほどよい、という単純な話ではありません。
「危機が発生したときには金融システムを守る」
ことと、
「金融機関に無謀な経営をさせない」
ことを同時に実現しなければならないからです。
預金保険制度――預金者を守るだけではなく、取り付けを防ぐ
もう一つの重要な安全網が預金保険制度です。
日本の預金保険機構は1971年に預金保険法に基づいて設立されました。金融機関が破綻した場合に一定範囲の預金等を保護することによって、預金者の不安を抑え、預金取り付けが金融システム全体に広がることを防ぐ役割を担っています。
ここにも二つの効果があります。
一つは、預金者自身を保護することです。
もう一つは、「あの銀行は危ないらしい」という噂だけで預金者が一斉に預金を引き出すことを防ぐことです。
つまり預金保険は、個人のための制度であると同時に、金融システム全体の安定装置でもあります。
ただし、預金保険には当然コストがあります。金融機関から保険料を集め、その資金を使って預金者を保護する仕組みだからです。また、保護されることが分かっていれば、預金者が金融機関の経営状態を厳しくチェックしなくなる可能性もあります。
ここでも、
金融システムの安定と市場規律をどう両立させるか
という問題が生じます。
「破綻させない」から「破綻しても混乱させない」へ
金融規制の考え方は、単に金融機関を倒産させないことではありません。
むしろ重要なのは、金融機関が経営危機に陥ったとしても、その問題が社会全体に波及しないようにすることです。
この発想に立つと、金融行政には大きく二つの方向があることが分かります。
一つは予防です。
もう一つは危機発生後の処理です。
予防の代表が、金融機関に対する規制・監督です。
直接規制から「健全性規制」へ
金融自由化が進む以前には、金融業務そのものを細かく規制する方式が大きな役割を果たしていました。
たとえば、業務分野、金融業への参入、店舗、金利などを行政が直接的に規制する方法です。
しかし金融自由化が進むと、金融機関が市場競争のなかで自由に商品やサービスを展開するようになります。そのため、「何をしてよいか」を細かく行政が決める方式だけでは対応しにくくなりました。
そこで重要性を増したのが、金融機関自身の健全性を確保させるための間接規制です。
その代表が、
自己資本比率、大口融資比率、流動性比率などの規制
です。
考え方を簡単にすると、
「危険なことをするな」と個別業務を細かく指示するのではなく、
「もし損失が発生しても耐えられるだけの体力を持ちなさい」
という方向への転換です。
自己資本比率規制――金融機関の「体力」を測る
この考え方を象徴するのがBIS自己資本比率規制です。
金融機関は預金などの他人資本を大量に使って事業を行っています。そのため、資産の価値が下落したり、貸したお金が回収できなくなったりすると、損失が一気に自己資本を圧迫します。
自己資本は、いわば金融機関にとっての「損失を吸収するクッション」です。
そのため、一定以上の自己資本を確保させることで、金融機関の経営破綻を予防しようとします。
当時の国際基準では、国際業務を行う銀行について自己資本比率8%以上が求められ、日本でも1990年代後半から市場リスクを考慮した規制が適用されました。
ここで面白いのは、単純に「自己資本が多ければ安全」というだけではないことです。
銀行がどのような資産を持っているのか、どれほど信用リスクを抱えているのか、金利や株価、為替の変動によってどれほど損失が発生する可能性があるのかまで考える必要があります。
金融機関の健全性を測るということは、結局のところ、
「この銀行は、どれほど大きなショックに耐えられるのか」
を測ることなのです。
規制だけでは足りない――検査と監督
ルールを作るだけでは金融システムは守れません。
金融機関が実際にそのルールを守っているか、経営上どのようなリスクを抱えているかを確認する必要があります。
そこで重要になるのが、行政当局による検査・監督です。
また、日本銀行も取引先金融機関に対する考査を行い、リスクの実態、リスク管理の状況、業務運営などを調査する役割を担っています。
1998年4月に施行された新日本銀行法のもとでは、日本銀行による取引先金融機関への考査が法的に位置づけられました。
これは金融行政の大きな変化を示しています。
金融自由化が進むと、行政が金融機関の業務を細かく決めることよりも、
金融機関が自由に活動することを認めながら、その経営の健全性をチェックする
ことが重要になるからです。
金融監督庁から金融庁へ――「護送船団方式」の転換
こうした変化は金融監督機構にも現れました。
従来、日本の金融規制・監督は主として大蔵省が担っていました。しかし1990年代後半になると、その仕組みが大きく変わります。
1998年には大蔵省から分離する形で金融監督庁が発足し、銀行・証券などの金融検査・監督機能を一元的に担う体制が整えられました。その後、金融再生委員会が設けられ、2000年には金融庁が発足しました。
背景には、従来型の金融行政から、より市場ルールを重視する金融監督への転換があります。
これは、いわゆる「護送船団方式」からの転換として理解すると分かりやすいでしょう。
すべての金融機関を行政が保護しながら同じ方向へ進ませるのではなく、
競争する金融機関は競争させる。ただし、金融システムを破壊するような行動は規制する。
という発想です。
金融自由化とは「規制をなくすこと」ではありません。
むしろ、
規制の量を減らす代わりに、規制の質を変えること
でもあったのです。
それでも金融機関が破綻したらどうするのか
どれほど規制や監督を強化しても、金融機関の破綻を完全になくすことはできません。
そこで重要になるのが破綻処理です。
ここで非常に重要なのは、
金融機関を破綻させないことと、破綻した金融機関を適切に処理することは別問題である
という点です。
金融機関が破綻したとき、無理に存続させれば、問題を先送りするだけになる可能性があります。一方で、突然閉鎖すれば預金者や取引先に大きな混乱を与え、金融システム全体に不安を広げる可能性があります。
したがって破綻処理には、
「損失を誰が負担するのか」
と
「金融サービスをどう継続するのか」
という二つの問題があります。
アメリカで発達した破綻処理――P&A方式とブリッジ・バンク
金融機関の破綻処理について、アメリカでは長い銀行破綻の歴史を背景としてさまざまな仕組みが発達しました。
伝統的な方法は、破綻金融機関を閉鎖して預金保険金を払い戻し、その金融機関を清算する方式です。いわゆるペイオフです。
しかし、これでは金融機関の営業そのものが突然停止します。
そこで重視されるようになったのがP&A方式(Purchase and Assumption)です。
これは、健全な金融機関が破綻金融機関の資産と負債を買い取り、営業を引き継ぐ方式です。
イメージとしては、
「銀行Aが破綻したから、明日から預金者は全員別の銀行を探してください」
ではなく、
「銀行Aの営業を銀行Bが引き継ぐので、預金者は引き続き金融サービスを利用できます」
という形です。
これなら、金融機関の営業機能を維持しながら破綻処理を進めることができます。
さらに、引き継ぐ金融機関がすぐには見つからない場合には、ブリッジ・バンクを設立して一時的に営業を継続させる方法もあります。
つまり破綻処理の目的は、単に「会社を消す」ことではありません。
金融サービスという社会的機能をできるだけ途切れさせないこと
が重要なのです。
日本の破綻処理も大きく変わった
日本でもバブル崩壊後、金融機関の破綻が相次ぎました。
それ以前には、経営不振の金融機関に対して、関係金融機関による救済合併や子会社化などによって処理する方法が中心でした。
しかしバブル崩壊後には、不良債権を抱えた金融機関が増え、金融機関同士が互いに問題を抱えるようになりました。
「困った銀行を別の銀行が助ければよい」という従来型の処理方法だけでは対応しにくくなったのです。
そこで1990年代後半になると、破綻処理についてルールを明確化し、預金保険機構などを活用した制度的な処理へと移行していきました。
具体的には、受け皿となる金融機関が存在する場合には、預金保険機構による資金援助を行ったうえで営業を譲渡する方法が採られました。
受け皿金融機関が見つからない場合には、預金保険機構が出資してブリッジ・バンクを設立し、一定期間営業を継続しながら譲渡先を探す仕組みも導入されました。
さらに、金融システム全体への重大な影響が予想される場合には、特別公的管理という非常に強力な手段も用意されました。
1998年の日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の破綻では、この特別公的管理が実際に適用されています。
金融機関の破綻処理で難しい「公平性」の問題
ここまで考えると、金融機関の破綻処理には非常に難しい問題があることが分かります。
金融システムを守るためには、場合によっては公的資金を投入しなければならないことがあります。
しかし、公的資金とは最終的には社会全体に関係する資金です。
そこで、
「なぜ失敗した金融機関を公的資金で助けるのか」
という問題が生まれます。
一方、金融機関を完全に市場任せにして突然破綻させれば、預金者、企業、他の金融機関などに大きな損害が及び、結果として社会的コストがさらに大きくなる可能性があります。
つまり、
救済にもコストがあり、破綻にもコストがある。
金融行政が目指しているのは、「破綻をゼロにすること」ではなく、金融機関の破綻によって発生する社会的混乱とコストをできるだけ小さくすることなのです。
金融規制の本当の目的は「銀行を守ること」ではない
ここまでの議論を一本につなげると、金融システムの安全を守る仕組みが見えてきます。
金融機関には、まずリスクがあります。信用リスク、流動性リスク、金利リスク、為替リスク、価格変動リスクなどです。
それらを放置すると、個別金融機関の経営悪化につながります。
さらに、その金融機関が他の金融機関と深く結びついていれば、問題が連鎖します。
そこで、
自己資本規制などによって事前に耐久力を持たせる。
それでも問題が起きれば、
検査・監督によって早期に発見し、対応する。
さらに危機が発生すれば、
中央銀行の最後の貸し手機能や預金保険などによって連鎖を防ぐ。
そして破綻が避けられなければ、
営業譲渡、受け皿金融機関、ブリッジ・バンク、公的管理などによって秩序ある退出を実現する。
という多層的な仕組みになります。
| 段階 | 主な仕組み | 目的 |
|---|---|---|
| 平常時 | 自己資本規制・流動性規制など | 破綻しにくくする |
| 監視 | 検査・考査・監督 | 問題を早期発見する |
| 流動性危機 | 中央銀行の最後の貸し手機能 | 資金不足による連鎖を防ぐ |
| 預金者保護 | 預金保険 | 預金取り付けを防ぐ |
| 破綻時 | 営業譲渡・P&A・ブリッジ・バンク | 金融機能を継続する |
| システム危機 | 公的管理など | 金融システム全体への波及を防ぐ |
「安全な金融システム」とは、破綻が一件もないシステムではない
金融システムを考えるうえで、非常に重要な視点があります。
それは、金融機関の破綻を完全になくすことが金融システムの安全ではないということです。
市場経済では、企業の参入と退出が起こります。金融機関も例外ではありません。
むしろ問題なのは、一つの金融機関の失敗が、預金者、企業、他の金融機関、決済システム、市場へと連鎖し、経済全体を止めてしまうことです。
したがって信用秩序維持政策の本質は、
「金融機関を倒産させない政策」ではなく、「金融機関が倒産しても金融システム全体を倒さない政策」
と考えると理解しやすくなります。
これは非常に重要な発想の転換です。
金融機関は民間企業ですが、その一方で、預金・信用供与・決済という社会的機能を担っています。だからこそ、通常の企業倒産とは異なるルールが必要になります。
金融機関の経営者には自己責任が求められます。しかし同時に、金融システムには社会全体のインフラとしての性格があります。この二つをどう両立させるかが、金融規制・監督の核心的な問題なのです。
金融危機を「連鎖」として見る
金融システムを理解するとき、銀行を一つひとつ独立した会社として眺めるだけでは不十分です。
預金者、企業、銀行、証券会社、保険会社、中央銀行、政府、決済システム、金融市場は、それぞれが資金の流れによって結びついています。
だからこそ、金融危機では「最初にどこが悪くなったのか」だけを見るのではなく、その問題がどの経路を通って次の主体へ伝わるのかを見る必要があります。
この視点から見ると、自己資本規制も、預金保険も、日銀特融も、金融検査も、破綻処理制度も、別々の制度ではありません。
すべてが一つの目的、すなわち金融システムの連鎖的な機能停止を防ぎ、信用と決済という経済の基盤を維持することにつながっています。
金融とは「お金を貸す仕事」だけではありません。金融システムが正常に動くことによって、企業は明日の仕入れ代金を払い、従業員は給与を受け取り、家庭は預金を引き出し、企業は設備投資を行い、社会全体の経済活動が継続します。
その意味で金融規制・監督とは、個々の銀行を保護するための仕組みというより、金融という社会インフラを壊さずに機能させ続けるための仕組みと捉えると、その意味がより鮮明になります。
